スポーツカーとモータースポーツの魅力

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ロータスの魅力

   

『ロータス』の名を冠した最初の車が誕生したのは1949年(初めてのお年玉付年賀はがき発売)です。

その2年前、当時、まだロンドン大学の学生であった、『ロータス』の生みの親 アンソニー・コーリン・ブルース・チャプマン氏が、副業として営んでいた中古車販売業で売れ残ったオースチン・セブンを自分用のレーシングカーに改造する事が全ての始まりです。


彼は事業のパートナーであった コーリン・デア氏、ディレック・ウェットン氏、そしてガールフレンドであった、ヘイゼル・ウリィアムズさんらと共にシャーシを初めとする大部分を作り直し、別の車と言ってよいほどの大幅な改造をしました。

完成した車は、別の車として登録ナンバーを取得し、翌年にはマイナーレースに参戦します。

しかしチャプマン氏はこの車のベースとなったオースチン・セブンのエンジンのパワーでは本格的なレースに参戦するのは不十分と考えており、すぐに強力なエンジンを搭載した次モデルの構想に着手します。

チャプマン氏は、このモデルを『ロータス』と名付け、『フォード8』のエンジンを搭載した新しいモデルが完成しました。

これが最初に『ロータス』と呼ばれた車です。


『ロータス』はチャプマン氏が完成させた二番目の車である事から『マーク2』と呼ばれ、それに伴って最初の車は『マーク1』と呼ばれる事になります。

『マーク2』は完成してすぐに、さらに強力な『フォード10』のエンジンへとパワーアップされ、レースに参戦するのは翌年からとなりました。

『マーク2』は高い戦闘力を発揮し、チャプマン氏とヘイゼル氏の手で総合優勝4回、クラス優勝4回と好成績を挙げます。

特に1950年(千円札発行)にシルバーストーンで開催されたエイトクラブ主催のレースでは、GPレーサー(現在のF1マシン)のブガッティ・タイプ37と競り合い優勝してしまいます。

GPレーサーに無名のガレージ作成のレーシングカーが勝利した事は驚異であり、チャプマン氏は大いに注目される事となしました。『マーク2』は初の顧客となるマイク・ローソン氏に売却されますが その後も好成績を挙げていきます。


チャプマン氏は、より本格的なレーシングカーの開発に着手し、新たな協力者としてマイケル氏とナイジェル氏を迎え、彼らが所有していた郊外のガレージで販売を目的としたレーシングカー、『マーク3』、『マーク4』を完成させます。

特に『マーク3』は当時のイギリスで人気のあったフォーミュラ750カテゴリで無類の強さを発揮し、ロータスの名は着実に高まっていきました。本格的なレーシングカー製造販売を目指していたチャプマン氏は『マーク3』の成功により、いよいよ市販モデルに着手していきます。

それまでのワンオフに近いモデルと異なり、最初から量産を想定したモデルは『マーク6』と呼ばれ、その実現の為、チャプマン氏はマイケル氏と共に1952年(マジックインキ発売)に、ロンドンに『ロータスエンジニアリング』を設立しました。

メーカーとしての『ロータス』の始まりです。


その後、創業メンバーの半数を失うなど危機を迎えますが、開発・生産エンジニアとして『ロータス』の創世記を支えたマイク・コスティン氏を迎え1954年(日比谷公園で第1回モーターショー開催)に株式会社として再スタートします。

それから順調に製造販売を経てモデルは『イレブン』までに至ります。そして次のステップと考えていた国際レースへ参戦と本格的な市販の量産車の製造販売へ動いていきます。

ここで 今ではケーターハムなどのレプリカでも有名な『7(セブン)』が誕生します。

1957年(五千円札発行)には本格的なワークスチームとしてフォミュラー2へ参戦、そして翌年 モナコGPでついにGP参戦をする事になります。

初勝利は名門ロブ・ウォーカーによって 1960年(道路交通法施行)にモナコGPで達成。翌年には ワークスチームとしての初勝利を果たしました。

それから、F1の歴史において最も優れたドライバーの1人である
"ジム・クラーク選手" (タイトル 2回、優勝回数 25回、出走回数 72回) や
"グラハム・ヒル選手"(タイトル 2回、優勝回数 14回、出走回数 175回 ロータス在籍以外含む)、
"エマーソン・フィッティパルディ選手"(タイトル 2回、優勝回数 14回、出走回数144回 ロータス在籍以外含む) また、『ロータス』でのタイトルは無いものの 今でも人気の高い
"アイルトン・セナ選手"(タイトル 3回、優勝回数 41回、出走回数 161回 ロータス在籍以外含む) や
"ナイジェル・マンセル選手"(タイトル 1回、優勝回数 31回、出走回数 187回 ロータス在籍以外含む) さらに忘れてはいけないのが
"中嶋悟選手"(出走回数 74回 ロータス在籍以外含む)など
『ロータス』には、数々の素晴らしいドライバーが在籍していました。


ロータス『F1』の主な記録 

コンストラクターズタイトル:7
ドライバーズタイトル   :6
優 勝 回 数      :79
ポールポジション     :107
ファステストラップ    :69
出 走 回 数      :491


歴代の主なモデル

7(セブン)

オープンホイールの純然たるスポーツカー。『マーク6』の流れを汲むチューブラーフレームにアルミ外板を張った
セミモノコック構造をとったクラブマンレーサー。そのレプリカがケーターハムやドンカーブートなど様々な会社に
よって製造販売されています。1957年(100円硬貨発行)デビュー。


ヨーロッパ

「サーキットの狼」にて日本でも知られる。極めて低いシルエットを持つ。『ロータス』としては初のミドシップに
エンジンを搭載したロードカーで、それまで生産してきた『7(セブン)』の後継モデルとして企画され、軽量を武器
にしたハイパフォーマンス。そしてできる限り廉価であることを目標にして開発され、1966年(ビートルズ来日)に
デビューしました。


エスプリ

ヨーロッパの後継車として1975年(サーキットの狼連載開始)に登場した、ジウジアーロ氏のデザインで『ロータス』
のライトウェイトスポーツカー路線から、スーパーカー路線へ変更したモデル。初代モデル『S1』から、最終モデル
『V8アニバーサリー』生産終了まで、28年間に渉り1万台以上が生産されました。


現行の主なモデル

エリーゼ 111R

ライトウェイトスポーツカーで、そのスポーツ性能は“世界最速のコーナリングマシン”と呼ばれるほどに高い。
トヨタ製 VVTL-i エンジン(連続可変バルブタイミング機構)"2ZZ-GE"を搭載。

全長×全幅×全高   : 3800×1720×1130mm
ホイールベース    : 2300mm
重量         : 880kg
乗車定員       : 2名
エンジン       : 直列4気筒DOHC
排気量        : 1795cc
最高出力       : 192PS/7800rpm
最大トルク      : 18.5kgm/6800rpm
最高速度       : 241km/h
サスペンション(前/後) : ダブルウィッシュボーン
ブレーキ(前後)    : ベンチレーテッドディスク
タイヤサイズ     : 前175/55R16 後225/45R17


エキシージ 1.8S

究極のパフォーマンスという言葉の意味を塗り替える真のスポーツカーです。トヨタ製 1.8Lエンジン"2ZZ-GE" 搭載

全長×全幅×全高   : 3797×1727×1195mm
ホイールベース    : 2300mm
重量         : 935kg
乗車定員       : 2名
エンジン       : 直列4気筒DOHC スーパーチャジャー
排気量        : 1795cc
最高出力       : 221PS/7800rpm
最大トルク      : 22.4kgm/5500rpm
最高速度       : 238km/h
サスペンション(前/後) : ダブルウィッシュボーン
ブレーキ(前後)    : ベンチレーテッドディスク
タイヤサイズ     : 前195/50R16 後225/45R17

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