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ランサーエボリューションの魅力

  

  

『ランサーエボリューション』は、三菱自動車から"WRC"で勝つために生まれてきた車です。

グループA規格では、ベース車両の性能差が大きな差になる為、三菱自動車はそれまで"WRC"を戦ってきた『ギャランVR-4』を改良し、軽量コンパクトな1800ccクラスのボディーに詰め込んで誕生したのが、『ランサーエボリューション』です。

初代から本当に速い車でした。


初 代

1992年(ソニーが MD 発売)に『ギャランVR-4』の 4G63ターボエンジン をランサーに移植したモデルで、エンジン出力はギャランから10馬力高められ、250馬力でした。

WRCに出場する資格を取得する為に『ランサーGSR1800』に無理矢理ギャランの 4G63ターボエンジンを押し込んだマシンということで、パワーとスペックが注目されましたが(厳密には車体強度が強めに生産されていた中東向けランサーのシャシーを基に生産されました)、実際には曲がらない4WD特性が表立ったモデルで、粗さが目立ちました。

ホモロゲーションをクリアさせる為に規定台数を市販するという、規定に則っての生産で、テレビCMや店頭での販促などは一切無かったものの、販売台数が2500台限定であった為に非常に強気な売り方をしていたにもかかわらず、大人気のためわずか2日ほどで完売してしまいました。

そして 更に2500台が追加販売される事になりました。

全長×全幅×全高   : 4310×1695×1395mm
ホイールベース    : 2500mm
重量         : 1240kg
駆動         : 4WD 5MT
エンジン       : 直列4気筒DOHC ターボ
排気量        : 1997 cc
最高出力       : 250PS/6000rpm
最大トルク      : 31.5kgm/3000rpm
サスペンション(前/後) : マクファーソンストラット/マルチリンク
ブレーキ(前/後)    : ベンチレーテッドディスク/ディスク
タイヤ(前/後) : 195/55VR15

上記スペックは『GSR』です。


エボ�U

1994年(プレイステーション発売)に 初代と同じく販売台数限定。

初代の問題点を徹底的に改良し熟成 させました。

不評だった足回りの見直し、ボディ剛性の強化、トランスミッションのローギア化、タイヤの幅広化、ホイールベースの延長、エンジン内部と吸排気にまで手を加え、出力は260馬力になりました。

前モデルと外観こそ似ていますが、全くの別物と言っていい程の格段の進化と熟成を遂げたモデルで、歴代モデルの中でも非常に高い完成度を誇っています。

唯一の欠点は動力性能に比べての極端なブレーキ性能の低さ、タイヤの容量不足でした。

全長×全幅×全高   : 4310×1695×1420mm
ホイールベース    : 2510mm
重量         : 1250kg
駆動         : 4WD 5MT
エンジン       : 直列4気筒DOHC ターボ
排気量        : 1997 cc
最高出力       : 260PS/6000rpm
最大トルク      : 31.5kgm/3000rpm
サスペンション(前/後) : マクファーソンストラット/マルチリンク
ブレーキ(前/後)    : ベンチレーテッドディスク/ディスク
タイヤ(前/後) : 205/60VR15

上記スペックは『GSR』です。


エボ�V

『ランエボ』は、『エボ�U』において高い完成度を誇っていた為、この『エボ�V』は基本構造は前モデルのままで、エンジン冷却性能や空力性能の向上を意識したモデルです。

その結果、大型のリアスポイラーや大きく開口したフロントマスク等、とても市販乗用車と呼べない様なチューンドカー並みの過激な外観に生まれ変わりました。

過激な外観に目を奪われがちですが、当然エンジン内部にまで進化が加えられ、最高出力は270psに達しました。

1995年(阪神大震災)に限定生産で販売。

しかし、強大な馬力を出す為に圧縮比を変更した結果、無理にブーストアップを行うとエンジントラブルが発生しやすい傾向がありました。

とはいえ、歴代『ランエボ』の中でも人気の高いモデルです。


エボ�W

1996年(プリクラ大ヒット)に、歴代と同じく限定生産で発売。

ベースモデルである『ランサー』が前年にフルモデルチェンジしたのを受けて、新しいボディに進化。それに伴って、エンジン搭載方向を逆にして効率性を高めるなどあらゆる部分で全く違うマシンに進化しました。

特筆すべき点は左右の後輪への駆動力を動的に制御するAYC(アクティブヨーコントロール)が初採用され、コーナリング性能を高めた。

しかし、『エボ�W』に搭載されたAYCはトラブル発生が多く、競技にはフロントにヘリカルLSD、リアに1.5WAY機械式LSDが装着された『RS』が中心でした。

エンジン出力は二次エア供給システム及びタービンのノズル面積アップ、ブースト圧のアップにより国内自主規制値の280馬力に到達しました。

ライバルであるインプレッサの注目が高まった事と、価格が上昇したにもかかわらず強気な販売を行った為に台数がだぶつく現象はありましたが、人気車としての地位は揺ぎませんでした。


エボ�X

動力性能の高さに比べ操縦性の低さが『ランエボ』の唯一の欠点でしたが、その欠点を払拭すべく1770mmのワイドボディを初めて採用し、幅広タイヤの装着、フロント17インチ4ポット・リア16インチ2ポット対向ブレンボキャリパー、角度調整式リアスポイラー、タービンもノズル面積アップ、ブースト圧のアップによりトルクも38.0kg-mに高められました。

但し、最高出力は自主規制値一杯の280馬力に収まっています。

ブレンボキャリパーの採用とフロントヘリカルLSD、17インチタイヤを標準採用したことにより、制動力が大幅に改善され、従来の「止まらない」「曲がらない」というイメージを完全払拭し、「トラクションの化け物」と言われるほどの進化を遂げました。

デビューは1998年(長野オリンピック開催)です。『エボ�X』の完成度の高さは"WRC"でも筑波サーキットでも実証され、"WRC"では改造範囲の狭いグループA規定のマシンでありながら、改造範囲の広い他メーカーの WRカーを圧倒して マニュファクチャラーズ、ドライバーズ、Gr.N 優勝の完全制覇を飾り、筑波サーキットでは『GT-R』キラーとまで言われました。

まさしくステージを選ばない縦横無尽の活躍をした歴史的名車です。

全長×全幅×全高   : 4350×1770×1415mm
ホイールベース    : 2510mm
重量         : 1360kg
駆動         : 4WD 5MT
エンジン       : 直列4気筒DOHC ターボ
排気量        : 1997 cc
最高出力       : 280PS/6500rpm
最大トルク      : 38.0kgm/3000rpm
サスペンション(前/後) : マクファーソンストラット/マルチリンク
ブレーキ(前/後)    : ベンチレーテッドディスク
タイヤ(前/後) : 225/45ZR17

上記スペックは『GSR』です。


エボ�Y

ナンバープレート位置のオフセットおよびフォグランプの小径化等により前面の開口部形状の見直しをし、リアスポイラーの2段ウイング化など空力を改善したモデルです。

『エボ�X』では足回りが硬すぎて街乗りには向かないという声が多かった為、足回りを多少ソフトな仕様になるよう変更されました。

ところが、足回りの仕様を変更した結果、全日本ラリー等の競技で『エボ�X』に勝つことが出来ないという逆転現象が起きてしまいました。

その為、『RS』では『エボ�X』の足回りのオプション設定がありました。

また、冷却オイル路内蔵のクーリングチャンネル式ピストンの採用や、冷却水レイアウトの変更やオイルクーラーの大型化などによりエンジンの耐久性と信頼性も向上しました。

デビューは1999年(だんご3兄弟大ヒット)です。


エボ�Z

ベースモデルは、前年にフルモデルチェンジした『ランサーセディア』になり、『エボ�Y』以前のエアロデザインと比べると大人しくなりました。

前後輪の差動制限を電子制御するACD(アクティブセンターデフ)を『エボ�Z』から初めて採用しました。

またギア比も『エボ�Y』と比べて、1速がローギアード化、5速がハイギアード化されました。

また、車両本体価格も『GSR』で299万円と安価になり、バーゲンプライスと言われるほどの値段設定がなされました。

デビューは2001年(サッカーくじ"toto"スタート)です。

2002年(公立学校の完全学校週5日制が始まる)には、『ランエボ』初の"AT"モデル『GT-A』が追加販売されました。

「INVECS-II」と呼ばれる「MTモード付きAT」採用により顧客層を広げたかに思えましたが、『ランエボ』の進化の過程と"AT"は両立しがたいものがあり、その存在は賛否両論でした。

全長×全幅×全高   : 4450×1770×1450mm
ホイールベース    : 2625mm
重量         : 1480kg
駆動         : 4WD 5AT
エンジン       : 直列4気筒DOHC ターボ
排気量        : 1997 cc
最高出力       : 272PS/6500rpm
最大トルク      : 35.0kgm/3000rpm
サスペンション(前/後) : マクファーソンストラット/マルチリンク
ブレーキ(前/後)    : ベンチレーテッドディスク/ベンチレーテッドディスク
タイヤ(前/後) : 225/45ZR17

上記スペックは『GT-A』です。


エボ�[

このモデルから元スバルのデザイナー「オリヴィエ・ブーレイ」がデザインを担当することになりました。

しかし、前面デザインの通称「ブーレイ顔」が不評 エンジン冷却性においても難あり そういう意味では『ランエボ』らしくないモデルチェンジでした。

ただ AYCの内部構造を見直し 制御トルク量を増加させたスーパーAYCを採用。その性能と評価は高く、操縦性ではライバルの『インプレッサ』を超えたと言われました。

また リアスポイラーが国産量産セダン初のカーボン製になり、MTもついに6速が採用され、海外市場への輸出が正式に開始されました。

さらに年々増加している盗難対策に、このモデルからはイモビライザーが全グレード標準装備となりました。

デビューは2003年(パリ・ダカで増岡選手2年連続2度目の優勝)です。

翌年には 『MR(Mitsubishi Racing)』が登場します。

この車は『エボ�T』から『エボ�U』への進化に似て、外見は『エボ�[』と同じでも ルーフのアルミ化、ビルシュタイン社製のダンパー採用、タービンを大容量へ変更(『エボ�X』・『エボ�Y』と同じサイズ)など 様々な改良がされており『エボ�\』と 名乗ってもおかしくないくらいの進化を遂げました。


エボ�\

『ランエボ』初の連続可変バルブタイミング機構MIVECを搭載 最大トルク発生が『エボ�[ MR』の3500rpmから3000rpmに下がり、また今回からタービンのコンプレッサーハウジングを変更、タービンホイールにマグネシウム合金を(GSRではオプションとして)採用し、従来のチタンよりもレスポンス向上を図りました。

その結果 低速トルクのアップ及びトルクバンド幅の増大と高回転域でのレスポンスの向上に貢献しました。

また、歴代の『ランエボ』は『GSR』と『RS』の2グレードのみでしたが、今回から中間グレードとして、『GT』が加わりました。

デビューは2005年(阪神2年ぶり5度目の優勝)です。

全長×全幅×全高   : 4790×1770×1450mm
ホイールベース    : 2625mm
重量         : 1410kg
駆動         : 4WD 6MT
エンジン       : 直列4気筒DOHC ターボ
排気量        : 1997 cc
最高出力       : 280PS/6500rpm
最大トルク      : 40.8kgm/3000rpm
サスペンション(前/後) : マクファーソンストラット/マルチリンク
ブレーキ(前/後)    : ベンチレーテッドディスク/ベンチレーテッドディスク
タイヤ(前/後) : 235/45ZR17

上記スペックは『GSR』です。


エボワゴン

『エボ�\』をベースにした『ランエボ』初のワゴンとして登場。

時期は『エボ�\』に少し遅れますが同年です。

この車は ワゴンとはいえ基本スペックは『エボ�\』と変わらないので、ワゴンの弱点であるボディー剛性を補う為に リアの開口部にはスポット溶接を重点的に行うなど、ハイパワーに負けない様に設計されています。

また走り以外の、ワゴンとしての使い勝手の良さも充実したモデルです。


『ランサーエボリューション』のモータースポーツ

1993年(ジェラシックパーク大ヒット)のシーズン途中からWRCに参戦した『ランサーエボリューション』は、緒戦こそ苦戦しましたが、短期間で改良を重ねたベースモデルを投入してきた結果、徐々にその頭角を現し、2年後のスウェディッシュラリーにてケネス・エリクソン選手がドライブする『ランエボ�U』で初の表彰台を飾ります。

そして 1996年(たまごっち発売)に『ランエボ�V』でトミ・マキネン選手が5度の優勝を飾って、年間ドライバーズチャンピオンを獲得し快進撃が始まります。

その後 WRCドライバーズタイトルを4連覇、1998年(プロ野球で横浜が38年ぶり2度目の日本一)には、トミ・マキネン選手とリチャード・バーンズ選手のコンビで悲願のWRCマニファクチャラーズタイトルを獲得しました。

その年はグループNも『ランエボ』が優勝してWRC完全制覇を成し遂げました。

しかし、WRCは1997年(ダイアナ妃 交通事故死)にグループAより改造範囲の広いワールドラリーカー(WRカー)規定が導入され、各社がWRカー規定に移行する中、三菱はグループA規定に拘った為、次第に競争力を失っていく事になります。

2001年(雅子さま出産)FIAの措置により半WRカーとなった『エボ�Y』が初戦のモンテカルロラリーで優勝しますが、その後 三菱初のWRカー「ランサーエボリューションWRC」、「ランサーエボリューションWRC2」を投入しますが、熟成された他メーカーのWRカーに歯が立たず、1度も表彰台に立つことも無く2003年(宮里藍プロに転向)ニューマシン開発の為に一旦活動を休止する事になります。

そして2004年(プロ野球初のストライキ)に「ランサーWRC 04」でWRC復活。

翌年には「ランサーWRC05」にマシンをスイッチし、ジル・パニッツィ選手がモンテカルロラリーで3位表彰台、ハリ・ロバンペラ選手がオーストラリアで2位表彰台に立つなど復活の兆しを見せました。

しかし同年12月、三菱はWRCワークス活動を休止を発表。

理由は、「業績が悪化した三菱自動車工業の経営を立て直すべく、自社の再生計画を優先的に行う為」となっています。

WRC復帰時期は、再生計画が終了する2008年以降を目処に復帰する予定です。
楽しみです。