スポーツカーとモータースポーツの魅力

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スカイラインの魅力

  

スカイラインはプリンスから始まり、「人とコミュニケーションできるクルマ」というテーマで生産されてきました。

これはハードウェアだけでなく、常に業界をリードしてきたカタログ、広告、などソフトウェアでも独特の世界を創り上げています。

キャッチフレーズの中にも強く印象に残るものが多くあったと思います。

個人的に最も印象に残るものはなんといっても『愛のスカイライン』。

これは1969年(アポロ11号 月面着陸)に、『スカイライン1800(PC10型)』の発売時の広告に始めて登場し、スカイライン・ジャパンの頃に一旦使われなくなりましたが、ポールニューマンの 『R30』 の頃にまた復活してます。

さて、私が免許を取って初めて買った車がスカイラインでした。

1981年(なめ猫 大ヒット)の『2000GT-E.X』 を中古で購入しました。

本当は西部警察にも登場した 『2000RSターボ』 が欲しかったんですが、当時の私には高価で、初めて乗る車でもあるので あっさり諦めました。

でも 少し手を加えて外観は ほぼ"鉄仮面"にして、とりあえずは満足してました。


全長×全幅×全高   : 4595×1675×1385mm
ホイールベース    : 2615mm
重量         : 1220kg
駆動         : FR5速
エンジン       : L20E型 直列6気筒 SOHC
排気量        : 1998 cc
ボア×ストローク   : 78.0×69.7mm
圧縮比        : 9.0:1
燃料供給       : EGI
最高出力       : 125PS/5600rpm
最大トルク      : 17.0kgm/4400rpm
サスペンション(前/後) : ストラット/セミトレーリングアーム
ブレーキ(前/後)    : ディスク/ドラム

これが『2000GT-E.X』 のスペックです。


その後 しばらくして凄いスカイラインが登場『2000GTS-R』し、あのリアスポイラーだけでも自分の鉄仮面?に付けたいと思い値段を調べると、部品だけでなんと90000円もして諦めた覚えがあります。


さらにその後なんと『 GT-R(R-32)』 が復活して衝撃を受けました。

これは何としてでも買わなくては!と思いディーラーに行くと、半年から1年待ちと言われ正直な気持ち"そんなに待てない"でした。

そこで、いろいろ調べると新古車ですでに出回っており、早速 近くで良さそうな販売店に駆けつけると なんとピカピカの『GT-R』 が置いてあり、感動した勢いで『これ下さい』と言ってしまいました。

当時はローンが簡単に組めたので、500万円(新車価格が445万円ですが、新古車の方がプレミア価格で少し高かったと思います)のローンがすんなり組めてしまいました。

しかしそこから給料の9割くらいを『GT-R』 につぎ込む日々が続いていきました。


全長×全幅×全高   : 4545×1755×1340mm
ホイールベース    : 2615mm
重量         : 1430kg
駆動         : ATTESA E-TS 5速
エンジン       : RB26DETT 直列6気筒 DOHC インタークーラー付きツインターボ
排気量        : 2568 cc
ボア×ストローク   : 86.0×73.7mm
圧縮比        : 8.5:1
燃料供給       : ECCS
最高出力       : 280PS/6800rpm
最大トルク      : 36.0kgm/4400rpm
サスペンション(前/後) : マルチリンク
ブレーキ(前/後)    : ベンチレーテッドディスク
タイヤサイズ     : 225/50VR16

このスペックを見ても解るように本当に凄い車でした。
私の『GT-R』 はエンジン自体はノーマルのままでしたが、吸気・排気・コンピューター・インタークーラー・足回り といろいろ手を加え のめり込んでいきました。

当時 全盛だったゼロヨンに、金城埠頭(ローカルですみません。名古屋です。)へよく行って参加してました。

僅差はありましたが、負けはありませんでした。

やはり速かった。(ホントに速い車と当たらなかっただけかも…。)

それと、よく行くショップで『GT-R』 だけのサーキットの走行会(瑞浪サーキット 岐阜県です)があり、毎回参加してましたが、サーキットはしっかり練習しないと難しく 経験がなく技術が低い私には苦い経験でした。

それでも 結構楽しめましたけどね。


最後に順序が前後しますが、やはり『GT-R』と言えば やはり『ハコスカ』でしょう。

これはいろいろ意見が分かれるところかもしれませんが、私のイメージは『ハコスカ』ですね。


全長×全幅×全高   : 4330×1665×1370mm
ホイールベース    : 2570mm
重量         : 1100kg
駆動         : FR5速
エンジン       : S20型 直列6気筒 DOHC  
排気量        : 1989 cc
ボア×ストローク   : 82.0×62.8mm
圧縮比        : 9.5:1
燃料供給       : キャブレター×3(ソレックス)
最高出力       : 160PS/7000rpm
最大トルク      : 18.0kgm/5600rpm
サスペンション(前/後) : ストラット/セミトレーリングアーム
ブレーキ(前/後)    : ディスク/ドラム

これは、ハードトップ『KPGC10』のスペックで 1970年(大阪万博開催)の発売でしたが、前年に『PGC10』 のセダンは先行して発売されてます。

今でも程度の良いノーマルの『ハコスカ GT-R』 は500万円以上の値段が
付いており、人気の高さを感じます。


『スカイライン』のモータースポーツ

『ハコスカ GT-R』 と言えば 何といっても国内レースでの、わずか2年10ヶ月での『50勝』でしょう。

デビューは1969年5月に富士スピードウェイで開催された『'69JAF-GP』のツーリングカー・レースで篠原孝道選手のNO.39『スカイライン GT-R』が初勝利をあげました。

その後 破竹の勢いで勝利を重ねていき、1972年3月『'72 富士グランドチャンピオン・シリーズT』のSTレースで、豪雨の中を高橋国光選手の乗るNO.15『スカイライン ハードトップ GT-R』が総合優勝し、国内レースで50勝目をあげました。

たった2年10ヶ月での達成は、当時のレース界では画期的なことでした。


さらに 1990年代のツーリングカーレースにおいては『スカイラインGT-R(BNR-32)』抜きには語れないほどの存在感がありました。

満を持して復活した『スカイラインGT-R(BNR-32)』は、1990年3月、西日本サーキットで行なわれた全日本ツーリングカー選手権(JTC)開幕戦で、観客の度肝を抜くような異次元の速さをいきなり披露する事になりました。

注目のデビュー戦「オールジャパンツーリングカー300kmレース」では、星野一義選手(カルソニック・スカイライン)と長谷見昌弘選手(リーボック・スカイライン)の2台が、序盤から『フォード・シエラ』や『トヨタ・スープラ』といったライバルを全く寄せ付けない展開で、3位以下を周回遅れにする圧倒的な勝利を、見事な1.2フィニッシュを飾りました。

これ以降、JTCおよびNT耐久で『スカイラインGT−R』は無敵の連勝街道を驀進し、"『スカイラインGT−R』でなければ勝てない"時代となっていきました。

JTCでは93年までの29戦で全勝、N1耐久でも94年までの29戦で28勝という圧倒的な戦績を残しており、観客の注目はもはや『スカイライン』の勝利は当たり前で、それよりも同じ『GT−R』を擁して戦うチーム同士の激しい優勝争いへと向けられていきました。

ドライバー交代のタイミングなどのレース戦略、またタイヤチョイスとその性能・使い方がレース展開の大きな鍵を握る事になり、複数のタイヤメーカーが凌ぎを削ったこともレースをより興味深いものにしました。


歴代の『スカイライン』

1957年 初代スカイライン(ALSI-T型)

(当時の富士精密工業より発売) 総生産台数 33759台

1st の中であまり知られる事の無かった名車があります。
1962年に登場したスカイライン・スポーツ(BLRA-3型)です。
この車はイタリアのミケロッティ(シャシー・エンジン)とアレマーノ(ボディー・デザイン)によって作られた プリンス自動車のスペシャルモデルでした。
しかし 登場した時代が悪く、クーペで185万円という高額だったため 生産されたのはモーターショウに出品した2台を含めて60台にとどまり、(当初の生産予定は240台)実際に販売したのは53台(クーペ28台・コンパーチブル25台)で残り7台はプリンス自動車に残される事になりました。


1963年 2代目スカイライン(S50型)

総生産台数 114238台

2nd では何といっても『羊の皮を被った狼』『スカイラインGT』でしょう。
グロリア用の直6 OHC 1988cc のエンジンをボディのフロントを20cm 延長して搭載しおり、当時の最新鋭プロトタイプカーである『ポルシェ904』と1964年5月に第2回日本グランプリで死闘を繰り広げ有名になりました。


1968年 3代目スカイライン(C10型)

通称『ハコスカ』総生産台数 310447台

3rd ではこれから受け継がれる L型エンジンを初め『GT-R』の S20 とすばらしいエンジン・車が生まれました。
1966年に日産自動車がプリンス自動車を吸収合併したため「ニッサン」の顔を持つ初の世代と言う事になります。
ちなみに『ハコスカ GT-R』の当時の販売価格は150万円でした。


1972年 4代目スカイライン(C110型)

通称『ケンメリ』総生産台数 670562台

4th から始まった丸型4灯テールライトはこれから受け継がれる事になります。
スカイラインと言えばやっぱり丸テールですね。
また この世代で忘れてはならないのが、1973年に登場した KPGC110型『ケンメリ GT-R』です。
排気ガス規制の影響で僅か197台しか生産されず、内195台の販売で生産終了となりました。レースにも出場もなく、生産台数も少ない事から幻の『GT-R』として有名です。
余談ですが4ドアのケンメリを"ヨンメリ"と呼ぶ人もいました。


1977年 5代目スカイライン(C210型)

通称『ジャパン』総生産台数 539727台

5th では2800ccディーゼルエンジン搭載のディーゼルGTが登場しました。
『ジャパン』というキャッチフレーズは「日本生まれの日本の名車」ということを主張して付けられました。
この世代は月間の販売台数では『ケンメリ』にひけをとりませんでしたが、マーケットシェアは徐々に下降して行き、『トヨタ・セリカ』のCMで「名ばかりのGT達は道をあける」と皮肉られるようなこともあって、スカイラインとしては厳しい時代ではなかったかと思います。


1981年 6代目スカイライン(R30型)

通称『ニューマンスカイライン』(後期型のRSは鉄仮面)総生産台数 406432台

6thでは『ハコスカ』以来のレース参戦になり、ワークスとしても参加することになりました。
そのきっかけとなったのが、1983年の 『2000ターボRS(DR30型)』の登場です。
歴代のスカイラインのどれよりも高出力だった事から「史上最強のスカイライン」と言われました。
また R30型で日本初採用といえば、テンパータイヤです。
今では常識になってますが、さらにスペアタイヤに空気圧減圧警告等なども装備されていました。


1985年 7代目スカイライン(R31型)

通称『セブンススカイライン』総生産台数 309716台

7thはハイソカーブームに便乗しましたが 上手くいかず、当初は4ドアのだけの設定を急遽2ドアクーペを追加するなど、先代の「史上最強のスカイライン」と比較して「史上最悪のスカイライン」や「牙を抜かれた狼」と揶揄されることもありました。
ただ、この中で GTパサージュターボは国産ステーションワゴン初となるターボ車で、スバル・レガシーツーリングワゴンが登場するまでは、日本最速のワゴンでした。
さらに忘れてはいけないのが、1987年に 800台限定で登場した 『2000GTS-R(EHR-31型)』です。
カタログに「ファミリー・ユースとしてお使いになるとしたら、購入はお控え願いたい」という過激なメッセージが記され、グループA のホモロゲーション・モデルとして 国内レースを席捲し後に復活する『R32型GT-R』 の布石を築きました。
余談ですが「都市工学スカイライン」というよく解らない宣伝コピーもありました。


1989年 8代目スカイライン(R32型)

通称『R32(アールサンニー)』総生産台数 296087台

8thといえば 何といっても『GT-R』の復活でしょう。
ホントに この車は凄い。
ジェットコースターでも味わえないような強烈な"G"を感じる事が出来ました。
また、『GT-R』の復活の陰に隠れた標準モデルは、評論家やレーサーから最もバランスが取れた車として 歴代のスカイラインの中で、極めて高い評価を得ました。
ただ先代と比べ後席が狭い事がファミリーユースを失い、販売台数が落ち込んでしまいます。


1993年 9代目スカイライン(R33型)

通称『R33(アールサンサン)』総生産台数 217133台   

9thはやはり先代から受け継いだ『GT-R』ですね。
しかし、『GT-R』も含めて評価・評判共にあまり良くなく、R33が発表されたとたん 在庫の『R32』に注文が殺到した不名誉な車でもあります。
また、歴代の『GT-R』 では初めてCM が作られ、ニュルブルクリンクでのラップタイムの短縮を引き合いにして「マイナス21秒のロマン」というキャッチコピーが用いられました。


1998年 10代目スカイライン(R34型)

通称『R34(アールサンヨン)』総生産台数 64623台

10thでは『GT-R』以外のグレードでも 280ps を発揮するまでに至りましたが、クラス下でも『ランエボ』や『インプレッサ』が既に 280ps を達成していただけにあまり興味をもたれませんでした。
それでも『GT-R』の人気は海外でも強く「ワイルドスピードX2」の主力車種として登場するなど 非常に高い支持を得ただけに 盗難も多発しました。
ちなみに日本で盗んでアメリカのブラックマーケットで1000万以上での取引が行われるという負の事実もありました。


2001年 11代目スカイライン(V35型)

通称『V35(ブイサンゴー)』

11thはもともと別のモデルとして発表された「XVL」を、『V35型スカイライン』として発売する事になり、エンジンが直列6気筒からV型6気筒(VQ30DD・VQ25DD)へ、トランスミッションが4速及び5速のATのみの設定、さらに丸型テールランプの廃止と、全く新しいスカイラインの登場となりました。
しかし 高性能な車とはいえ 今までのファンには支持されず ユーザーの高齢化が進んでしまいました。

やはり"スカイライン"という車は、硬派で男臭い車であってこそ支持されていくのではないでしょうか。


2006年 12代目スカイライン(V36型)

通称『V35(ブイサンロク)』現行型
「日本のクルマに、ときめきが帰ってくる。」 というキャッチコピー、「”SHIFT_passion”ときめきをシフトする。」というシフトワードでデビュー。
まず 2006年4月 ニューヨーク国際オートショーで輸出仕様である新型インフィニティG35セダンが出展、11月20日 日本発売。

駆動方式はFRの他にAWD(アテーサE-TS)が設定され、エンジンは改良型VQエンジンのVQ35HR・V6・DOHC・3500cc 315ps(232kW)/6800rpm 36.5kgm(36.5N・m)/4800rpm と、VQ25HR・V6・DOHC・2500cc 225ps(165kW)/6800rpm 26.8kgm(26.8N・m)/4800rpm を搭載。

スポーツグレードの350GT typeSPと350GT typeSには世界初搭載の四輪制御システム「四輪アクティブステア(4WAS)」をメーカーオプション設定。ミッションは5ATで、パドルシフトの設定もあり。このパドルシフトはマグネシウム製で本革張り。

スポーツグレードの350GT typeSPと350GT typeSは専用スポーツバンパー及び専用スポーツバンパーグリル。ナビゲーションはHDDタイプ。エンターテイメント機能として内臓HDD(30GB)に最大約3000曲分もの音楽データを収録可能なミュージックボックスとDVD及び再生機能があるコンパクトフラッシュ。オーディオにはHDDナビとのセットオプションとなるBOSE社製のシステムを採用し、車内7組11個のスピーカーをスカイライン専用に新設計。

他にもスイッチ照明付きプッシュエンジンスターターを全車標準装備など装備は、とても充実しています。
クーペに関しては未発売の為 発売までの間、V35が継続生産されます。

基本的には「V35型」を継承している「V36型」ですが、「V35型」同様 はたして、どれだけの人がこの車に”ときめく”のでしょうか?全高が2WDモデルで「V35型」より20mm低くなって、スポーティな印象は増しましたが、これまでスカイラインを愛してきた人達はどう感じるのでしょう?

日産としては、「V35型」が日本での販売台数は低迷していても、北米での販売が好調に推移している事で、このスタイルの継承になっているのは当然の事だとは思います。

確かに 300psオーバーのビッグパワーなど最新のメカニズムに、充実の装備は魅力的ですが…。

新型GT-R は2007年10月24日に、新型スカイラインクーペをベースとした新たなGT-Rを正式発表し、海外でも販売するとカルロス・ゴーン日産CEOが明言しています。こちらも順次アップしていきます。